夏は毎年やってくるけれど、その夏は一度しか来ない。
夏はぶうにとってとてもつらい季節だ。
先天性異常のためにぶうは極度に暑さに弱い。
舌を出してあえいでいるとき、ゼンソクのような息づかいになる。
いつか、越せない夏がやってくる。
それは、たぶん今年ではない‥‥たぶん。
犬の一年は人間の一年とはちがう。
そんな当たり前のことを思い知らされたのが去年だった。
ぶうは、長い間散歩できなくなった。
かつては2時間でも3時間でも平気で歩き続けたのに。
ぶうは速く歩くことができなくなった。
かつては引き綱をぐいぐい引っ張って駆け出そうとしていたのに。
ぶうは、舌を少し出していることが多くなった。
年を取ると締まりがなくなるのだと獣医はいう。
気になって人間が舌を口の中に押し込むと、
かなりムッとした顔をする。
もっとも、ぶうは元気を失ったわけではない。
体力は落ちたものの、食い物への意欲は衰えを見せない。
八獣の王の務めも立派に果たしている。
その夏はいつかやってくるだろうけれど
ぶうは全く気にしていない。
ぶうはその日その時、満足だったり不満だったりするだけだ。
人間にはそのまねはできないが、
ぶうと一緒にいることはできる。
それこそぶうの望んでいることだ。